選り抜き記事
『ヨハネの手紙三』は新約聖書の正典を構成する27文書の一つで、公同書簡に分類される3通のヨハネ書簡の最後のものである。便宜上は公同書簡に分類されるとはいえ、「長老」と名乗る著者がガイオという個人に宛てた本文からは、この手紙が完全に個人的な手紙であることが読み取れる。「長老」は、地域内の信徒の家で営まれた小規模な「家の教会」を巡回して福音を説いていた「兄弟たち」の歓待や支援をしているガイオを賞賛し、彼に対し、ある「家の教会」を取り仕切って「兄弟たち」を拒絶しているディオトレフェスには従わず、引き続き善を行うようにと激励している。
伝承上は使徒ヨハネの著作とされるが、現代では少なからぬ論者が疑問視している。とはいえ、この書簡の言葉遣いは他のヨハネ書簡や『ヨハネによる福音書』と共通するものを含んでおり、若干の異説はあるが、1世紀末頃から2世紀初頭に他の2書簡とともに同じ人物、あるいは少なくとも同じ共同体に属する構成員(たち)によって作成されたと考えられている。……
- バグラダス川の戦いは、古代カルタゴの内乱である傭兵戦争の最中の紀元前240年に、バグラダス川(現在のメジェルダ川)において、ハミルカル・バルカが率いるカルタゴ軍とスペンディウスが率いる反乱軍の間で起こった戦闘である。カルタゴは敗北に終わった第一次ポエニ戦争終結後に傭兵に対する報酬の減額を試み……
- 寝殿造は、平安時代から中世にかけての建築様式である。母屋と庇という大陸伝来の建築構造に板床を張って濡れ縁を巡らせ、内部は丸柱が多く壁はほとんど無く床は板張りだった。外周を扉や蔀といった開放可能な建具で覆い、夜は閉じ、昼間は開放した。広い室内を移動・取り外しができる障屏具で仕切って実際の生活空間を作った……
- バハラーム・チョービンはサーサーン朝のシャーハンシャー。「光明神ミスラの僕」を意味するメフルバンダクの渾名でも知られる。パルティア系貴族ミフラーン家の出身であり、即位する以前には北部の軍司令官(スパーフベド)を務めた。のちに王位を僭称し、初めてのサーサーン家出身でないシャーハンシャー、バハラーム6世として国内を短期間統治した……